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名古屋高等裁判所 昭和28年(ラ)37号 決定

抗告人 小村吉郎

右訴訟代理人弁護士 北村利彌

相手方 前田いね

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は原決定を取消し、更に相当の裁判を求める旨の申立をなした。抗告理由の要旨は原審判の乙第一号証の成立に関する判断その他証拠の取捨が失当である外財産分与請求権と慰藉料請求権とを混淆してなされた財産分与の額並にその支払方法の決め方に異議がある。というにあり、疏明として抗告代理人は三重県○○郡○○村、村長○○○○の昭和二十五年四月十一日附証明書を提出した。同当裁判所は職権をもつて抗告人並に相手方各本人及び審訊人西田由貴を各審訊した。

案ずるに該審判挙示の証拠によればその認定事由(但しいしが「養生費は自分の着物を売つて賄え」と申向けられた点を除く。)を認めることが出来る。尤も原審判(並に差戻前の原審判)によれば相手方(本件審判申立人、以下単に相手方と呼称する。)は乙第一号証の成立を認める旨摘示しているけれども昭和二十四年二月十日午前十時の本件差戻前の審判調書の記載によれば相手方代理人は契約書(乙第一号証)を作成した事実を認むるもいし本人の意思でない旨を述べ、抗告代理人はいしの意思に基く旨を主張してその主張のために証人松山カメ、同塚田与助、同小村みちの各訊問を求める旨申立て、爾後その立証のために審判期日の繰返されたことが一件記録上明らかに認められ、これは審訊人西田由貴の供述を合せ考えると、原審判(並に差戻前の原審判)の乙第一号証の成立の認否に関する右掲示は間違で、相手方は原審において同号証の成立を否認したものと認めるのが相当である。原審判は乙第一号証の認否につき右のように過誤を犯した関係上同号証に記載せられた右いしの離婚に伴う財産分与請求権を抛棄する条項に関する説示が抗告代理人所説のように晦渋に陥るの余儀なきに立至つたものと推測せられるのであるが、翻つて乙第一号証の成立の真否につき審究せんに、この点に関する被審訊人小村吉郎の供述の一部は前後矛盾撞着して首尾一貫することなく到底措信し難く、却つて被審訊人前田いね、原審証人三田次郎、同前田はるの各供述に同松山カメ、右小村吉郎の各供述の各一部及び乙第一号証の記載を参酌すると、抗告人は昭和二十三年四月四日篤き肺疾患に呻吟養中の妻いしをその実家に訪れたのであるが、時偶々いしの実父も亦同家一室において病臥危篤の状態にあり、一家縁者をあげて同室に詰めかけ取込最中にして、いしはその隣室に一人放置の形となつて臥床していたその枕頭において、いしの身寄その他何人の立会をも求むることなく、いし一家の右の取込に紛れ、ひそかに、予て代書人に依頼して抗告人に都合のよい一方的条項を記載作成しておいた契約証(乙第一号証)の内容をいしに十分諒知納得せしめることなく、これに自署することすら困難であつたいしの代筆をなしてその記名をなし該名下にその拇印を取て徴し以て離婚成立後の事態に備えておいた事実、同契約書中「証人松山カメ」名義の部分も同人不知の間に記名捺印せられていた事実が認められ、少くとも同契約書中小村いし名義の部分が真正に成立したものと認めることは極めて困難で他にその真正に成立した事実を認むべき証拠はないので右契約証をもつていしが離婚に伴う財産分与請求権を予め抛棄する旨を約した旨の抗告人の主張事実を認めることはできなく、証人、小村みち、同松山カメ、同塚田与助、右小村吉郎の各供述中該主張に副う部分は前記各認定事実に徴し措信しがたく、他に右主張事実を認むべき証拠はなく、その他原審判にはその採証に不当の廉は認められない。

次に離婚に伴う財産分与の額及びその支払方法については民法第七百六十八条第三項の規定するところによれば、当事者双方がその協力によつて得た財産の額その他一切の事情を考慮してこれを定むべく又抗告代理人所説のように右財産分与請求権と慰藉料請求権とを混淆してはならないことは明らかなところであり、原審判が抗告人及びその母小村みちの虐待と不信行為を責めていることも亦記録上明らかではあるけれども右虐待と不信行為とは本件離婚の帰責上重要な事柄であると共に右いしがいかに献身的に抗告人の財産蓄積に寄与したかの証左ともなるもので、右民法第七百六十八条第三項所定のその他一切の事情に該ることが明らかであつて抗告代理人所説のように単に不法行為に基く慰藉料請求においてのみ斟酌せらるべきものではなく、原審判にはこの点について財産分与請求と慰藉料請求とを混淆したような廉は認められなく、又右財産分与請求権には同所説のように離婚の一方当事者の扶養の必要が所冀せられておることもこれを否定しがたく、右いしが昭和二十三年六月六日死亡した事実も一件記録に徴しこれを認めることができ爾後その扶養の必要の認められないことも明らかであつて、原審判がこの事実に基いて財産分与の額を定めたことも記録上明らかである。そして原審判の証拠によつて、確定した事由(但し前記説示の除外部分を除く)によればその定めた財産分与の額は相当と認められ、又抗告人が原審判認定の事由のごとくに自己の応召の留守中がよわき妻いしをしてその家庭を守らせ、いしが激しき労働の犠牲となり、肺疾を患うや直ちにこれを弊履のごとく捨てたるにおいてはこれに相当の財産を速に分与すべき義務あることは明らかであり、自己一方のみの事由を構えてその遅延を図ることは許されず特に本件においては右いしの存命中にその義務の履行せられなかつた事情をも参酌すれば原審判の定めたその支払方法は相当という外はなく一件記録によるも右財産の分与額及び支払方法を不当と認むべき証拠はなく、抗告人が当審において新に提出した疏明方法及び右小村吉郎の供述によるも右認定を覆すことはできなく結局原審判は相当なるに帰し他にこれを取消さなければならないような瑕疵もないので本件抗告は理由のないものとして棄却を免れず、家事審判法第七条、非訟事件手続法第二十五条、民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条第二項によつて主文のように決定する。

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